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2007年9月4日火曜日

ブコネ流読書術

最近もっと本を楽しみたい--と思うようになりまして、まぁ読んでいるのですが、
昔は何か本だけを読む時間、というのが何か寂しい感じがして、
(つまり何かTVやラジオが着いてないとヤダみたいな感じ)
注意散漫な状況で読んでいたのですが、最近は専ら集中力が欠けたように感じます。

そこで、TVだけでも消して読んでみると、
これまた不思議なのでありますが、時の流れが一気に遅くなって、
とても楽しめるようになりました。

そして、所謂速読というモノにも挑戦してみようかと思いまして、
具体的なやり方は解らないのですが、恐らくは、
脳内で全ての文字を音読せずに、文字列の固まりをー視覚で認識するーという感じでしょう。

それでやってみると、少しながら速くなったようです。
6~7文字程度の文字列をパッパッパッという感じです。
しかしある程度は音読したりします。

まぁそれぐらいで良いのではないかと、思うのです。
天才児のようにバーッと一冊の本を読んでたりするのを、TV等で見たことがあるのですが、何かちょっと違うような感じがするのです。

あるページで立ち止まって、自らの人生とリンクさせて、立ち止まったり、途方もない空想をしたり、辞書で調べたり、この言葉の語源は何かと思ったり。

まぁ今、僕は少し酔っているからこんな丁寧口調な感じでなのですが…

ふむ、こんなことをだらだらと書くのは、僕にとってやはり始まりに過ぎず、
恐らく本好きな人は、誰もが通ってきた道を今更ながら僕が考えているのだろう。

本の魅力の片鱗を、僕は漸く見たに過ぎないんだな、これはw

2 件のコメント:

  1. なんだったかなぁ どっかのテレビ番組だったと思ったけど。
    映像や最近の番組は流れや感覚でしか伝える事ができずに、その場の感覚だけで物事が流れていきインパクとをもって情報とする。
    これはこれで情報取得や感情の起伏をもたらすので悪い事ではないのだが、活字というのは書いた人の背景やその時の感情を読むのを止めた時点からさかのぼったり、そのページだけをまた読み返す事でかみ砕く事ができる。
    と誰かが言っていました。
    最近活字離れが多くなってしまって、良い事いうなぁと思っていました。
    ビデオやDVDなんかでも戻れるじゃないか って言う人もいるが、映像はやはりその流れでしか表現が出来ないと言えばその通りなんでしょう。
    活字の良さを再認識した今日この頃です。

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  2. ふむ、流石ケイチンっす。
    噛み砕くっつうのは良い表現だなー。
    例えば
    「おっぱいドライバー’91」
    という文字を見て、この想像は千差万別であるし…。
    あ、ちょっと例えが違うかなw

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